サプライチェーン全体で築くインクルーシブな環境:人事担当者がリードするアライシップ拡大戦略
はじめに:サプライチェーンにおけるインクルージョンの重要性
近年、企業活動におけるサステナビリティや社会的責任(CSR)、環境・社会・ガバナンス(ESG)への関心が高まる中で、サプライチェーン全体での人権尊重や多様性推進がより重要視されるようになっています。これは、自社内だけでなく、取引のあるサプライヤーやパートナー企業まで含めたビジネスエコシステム全体で、インクルーシブな環境を築くことが、企業の持続的な成長と評判に不可欠であるという認識が広がっているためです。
このような背景において、人事部門は、単に社内の従業員に対するDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)やアライシップ推進にとどまらず、サプライチェーン全体におけるインクルージョンの実現においても重要な役割を果たすことが期待されています。アライシップの考え方をサプライヤーとの関係性に応用し、公平で多様なビジネス慣行を広げていくことは、人事担当者にとって新たな、しかし非常に価値のある取り組みと言えるでしょう。
サプライチェーンにおけるアライシップの意義とメリット
サプライチェーンにおいてアライシップの考え方を取り入れ、インクルーシブな環境を推進することには、以下のような多岐にわたるメリットがあります。
- リスク低減: サプライヤーにおける労働問題、差別、ハラスメントなどの問題は、自社の評判リスクやサプライ停止リスクに直結します。サプライヤーがインクルーシブな環境を整備することは、これらのリスクを低減することにつながります。
- イノベーションの促進: 多様な背景を持つサプライヤーとの連携や、サプライチェーン全体での多様な視点の活用は、新たなアイデアや革新的なソリューションを生み出す可能性を高めます。
- ブランド価値向上と顧客エンゲージメント強化: サプライチェーン全体で倫理的でインクルーシブな取り組みを行う企業姿勢は、消費者や顧客からの信頼を獲得し、ブランドイメージを向上させます。
- 法令遵守と社会的責任の強化: 多くの国でサプライチェーンにおける人権や労働基準に関する規制が強化されており、インクルージョン推進はこれらの遵守にも貢献します。また、CSRやESG目標の達成にも不可欠です。
- 公正なビジネス慣行の促進: サプライヤー選定や取引において、多様な企業(マイノリティが経営する企業など)を積極的に含めることは、より公平なビジネス機会を創出し、経済全体のインクルージョンを推進します。
人事部門がリードする具体的なアライシップ推進ステップ
サプライチェーン全体でアライシップとインクルージョンを推進するために、人事部門は他部門(調達部門、法務部門、CSR部門など)と連携しながら、以下のようなステップで取り組むことができます。
1. 現状評価と目標設定
まず、自社のサプライチェーン全体におけるDE&Iおよびインクルージョンの現状を評価します。主要なサプライヤーに対し、DE&Iポリシーの有無、多様な人材の雇用状況、ハラスメント対策、従業員への研修実施状況などに関する情報提供を求めることも有効です。この評価に基づき、サプライヤーとの関係性においてどのようなインクルージョン推進を目指すのか、具体的な目標を設定します。
2. サプライヤー選定・評価基準への反映
新規および既存のサプライヤーを選定・評価する際に、DE&Iやインクルージョンへの取り組み状況を評価項目に加えます。例えば、企業の多様性に関する認証の取得状況、経営層や従業員の多様性、従業員に対する公平な扱いに関する方針などを評価指標とすることが考えられます。調達部門と協力し、公平かつ透明性のある評価プロセスを構築します。
3. 契約への盛り込み
サプライヤーとの契約において、差別禁止、ハラスメント防止、公正な労働条件の確保、結社の自由や団体交渉権の尊重といった、基本的な人権・労働基準に関する条項を盛り込みます。さらに進んで、多様なサプライヤーからの調達を奨励する条項や、DE&Iに関する定期的な報告を求める条項を含めることも検討できます。
4. サプライヤーとの対話と連携
サプライヤーとの継続的な対話を通じて、インクルージョン推進の重要性や具体的な取り組みについて理解を深めてもらう機会を設けます。DE&Iに関するベストプラクティスの共有会や、共同での研修プログラムを実施することも有効です。例えば、アンコンシャス・バイアス研修やハラスメント防止研修などを、自社の従業員向けだけでなくサプライヤーの従業員にも提供することを検討します。これにより、サプライチェーン全体の意識向上を図ります。
5. 報告と透明性の確保
サプライヤーに対して、DE&Iへの取り組み状況や成果に関する定期的な報告を求めます。これらの情報を集約し、自社のサプライチェーンにおけるインクルージョンの現状を把握し、課題を特定します。さらに、自社のサプライチェーン全体でのDE&Iに関する取り組みや目標、進捗状況を、企業レポートやウェブサイトなどで公開し、透明性を高めることも重要です。
6. 多様なサプライヤーからの調達促進(Supplier Diversity)
マイノリティが経営する企業、女性が経営する企業、障害者が経営する企業など、従来ビジネス機会を得るのが難しかった多様な企業からの調達を意図的に増やす「サプライヤー・ダイバーシティ・プログラム」を推進します。人事部門は、こうしたプログラムの戦略立案や、調達部門、ビジネス部門との連携において中心的な役割を担うことができます。プログラムの目標設定、対象となる企業群の定義、サプライヤーの発掘方法などを検討します。
推進における課題と対応策
サプライチェーンにおけるアライシップ推進には、サプライヤー側の意識の違い、評価・モニタリングの難しさ、中小サプライヤーへの負担増といった課題が伴う可能性があります。これらの課題に対応するためには、以下のようなアプローチが考えられます。
- 段階的な基準適用: 全てのサプライヤーに一度に高い基準を求めるのではなく、サプライヤーの規模や成熟度に応じて段階的に基準を適用することを検討します。
- サポート提供: DE&I推進に関する知識やリソースが不足しているサプライヤーに対し、情報提供、研修機会の提供、ベストプラクティスの共有といったサポートを行います。
- 連携強化: サプライヤーとの信頼関係を構築し、課題を共有し、解決に向けて共同で取り組む姿勢を示すことが重要です。一方的な要求ではなく、パートナーシップとしての関係性を重視します。
まとめ
サプライチェーン全体でインクルーシブな環境を築くことは、現代の企業にとって競争力強化と持続可能性確保のための重要な戦略の一つです。人事部門は、自社内のDE&I推進で培った知識と経験を活かし、調達部門をはじめとする他部門、そしてサプライヤーとの連携を主導することで、この取り組みを強力に推進することができます。サプライチェーンにおけるアライシップの実践は、ビジネスエコシステム全体の公平性を高め、より良い社会の実現に貢献する意義深い取り組みと言えるでしょう。