インターセクショナリティ理解に基づくアライシップ:インクルージョン深化のための人事施策
インターセクショナリティの視点がなぜ職場で求められるのか
職場でインクルーシブな環境を築く上で、アライシップの推進は不可欠な要素です。特定の属性を持つマイノリティグループへの理解と支援を通じて、従業員一人ひとりが安心して働ける職場を目指す取り組みが進められています。しかし、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)推進においては、「インターセクショナリティ(交差性)」という視点を持つことが、より深いインクルージョンを実現するために重要となります。
インターセクショナリティとは、人種、性別、性的指向、性自認、障害、階級、年齢など、複数の社会的な属性が交差することによって生じる、固有の差別や抑圧、あるいは特権の経験を説明するための概念です。例えば、女性であると同時に人種的マイノリティである、あるいは障害を持ちつつLGBTQ+でもあるといった場合、単一の属性に対する課題解決だけでは、その人が直面する複合的な困難や固有の視点を見落とす可能性があります。
人事部門は、組織全体のインクルージョン戦略を担う上で、このインターセクショナリティの概念を理解し、アライシップ推進に組み込むことが求められています。単に各属性向けの施策を並べるのではなく、属性が交差する人々の経験やニーズにも目を向けた、より包括的かつ公平なアプローチが必要となるためです。
職場におけるインターセクショナリティの具体例
職場環境において、インターセクショナリティは様々な形で現れます。いくつかの例を挙げます。
- 女性かつ人種的マイノリティである従業員: ジェンダーに基づく固定観念に加え、人種に基づく偏見にも直面する可能性があります。昇進機会における二重の障壁や、特定の業務への割り当てなどがこれに該当し得ます。
- 障害を持つLGBTQ+の従業員: 障害に対する物理的・社会的なバリアと同時に、性的指向や性自認に関する無理解や差別にも直面する可能性があります。例えば、利用しやすいトイレに関する配慮が、トランスジェンダーであることへの配慮と交差する場面などです。
- 高齢の女性従業員: エイジズム(年齢による差別)とジェンダーによる固定観念が複合的に影響し、キャリア形成や学習機会において不利な扱いを受ける可能性があります。
- 非正規雇用かつシングルペアレントの従業員: 雇用の不安定さに加え、育児との両立支援制度の適用外となることや、経済的な困難が重なることで、より厳しい状況に置かれる可能性があります。
これらの例は、特定の属性に焦点を当てただけでは見えにくい、複合的な課題が存在することを示しています。人事担当者は、従業員が持つ複数の側面を理解し、それらが職務経験にどのように影響し得るかを想像する視点を持つことが重要です。
インターセクショナリティ理解に基づくアライシップ推進のための人事施策
インターセクショナリティの視点をアライシップ推進に組み込むためには、人事部門による戦略的なアプローチが必要です。以下に具体的な施策例を挙げます。
1. 多様性の理解とデータ収集の改善
従業員の多様性を深く理解するためのデータ収集は重要ですが、個人のプライバシーに最大限配慮する必要があります。属性情報を取得する際は、利用目的を明確にし、従業員の同意を得ることが前提です。また、単一属性だけでなく、任意での申告に基づき、複数の属性に関連する従業員の経験(例:クロスセクショナルなコミュニティへの所属意向など)に関するインサイトを得ることも、施策検討のヒントとなります。ただし、センシティブな情報の取り扱いには細心の注意が必要です。
2. 研修プログラムへの組み込み
アライシップ研修やDE&I研修に、インターセクショナリティの概念と具体的な事例を組み込みます。従業員が自分自身の持つ属性や無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を理解し、属性が交差することによる固有の課題が存在することを学ぶ機会を提供します。ロールプレイングやケーススタディを通じて、複合的な課題に直面する同僚へのアライ行動を具体的に考えるワークショップ形式も有効です。
3. 社内ポリシー・制度の見直し
既存の社内ポリシーや制度が、特定の属性にのみ焦点を当てすぎていないか、複数の属性が交差する従業員のニーズを考慮できているかを見直します。例えば、育児・介護と仕事の両立支援制度、福利厚生、評価制度、ハラスメント防止策などが対象となります。柔軟な働き方制度が、特定のマイノリティ属性を持つ人にとってより利用しやすいか、あるいは逆に障壁となっていないかといった視点での検証が必要です。
4. ネットワーキンググループ・コミュニティ支援
特定の属性を持つ従業員同士が集まる従業員リソースグループ(ERG)やネットワークの形成を支援します。さらに、複数の属性に関連する関心を持つ従業員が交流できるようなクロスセクショナルなコミュニティ活動も促進します。これにより、属性が交差することによる経験や課題を共有し、相互支援やアライシップを育む土壌を作ることができます。人事部門は、これらのグループが活動しやすいようリソース提供や経営層への橋渡しを行います。
5. コミュニケーション戦略の改善
社内コミュニケーションにおいて、特定の属性に焦点を当てた発信だけでなく、より多角的な視点を取り入れます。多様なバックグラウンドを持つ従業員のストーリーを紹介する際にも、単一のアイデンティティだけでなく、その人の持つ複数の側面や経験の複雑性を伝えることで、インターセクショナリティへの理解を深めることができます。特定の属性を代表する意見としてではなく、多様な個人の声として扱う配慮も重要です。
推進上の注意点
インターセクショナリティに基づくアライシップ推進は、従来のDE&I推進よりもさらに繊細で複雑な側面を含みます。
- 安易な属性のカテゴライズ回避: 従業員を安易に複数の属性でカテゴライズし、ラベル付けすることは避けるべきです。あくまで、個人の経験や直面する課題を理解するための概念として活用します。
- プライバシーとセンシティブな情報: 従業員の属性情報は非常にセンシティブであり、収集・利用には厳格な管理と倫理的な配慮が必要です。
- 従業員への過度な負担: 少数派の従業員に、自身の経験や課題について説明する負担を過度にかけないよう配慮します。研修やコミュニケーションは、学ぶ側が主体的に取り組める設計を心がけます。
まとめ
インターセクショナリティの概念は、職場のインクルージョンを深化させるために極めて重要な視点を提供します。複数のマイノリティ属性が交差することで生じる固有の課題や経験を理解し、それに対応したアライシップを推進することは、すべての人にとって真に公平で包括的な職場環境を築くための鍵となります。
人事部門は、インターセクショナリティをDE&I戦略とアライシップ推進の核となる考え方の一つとして位置づけ、研修、ポリシー、コミュニケーション、コミュニティ支援といった様々な施策に反映させていくことが求められます。この多層的な視点を持つことで、組織全体のインクルージョンレベルを一段引き上げ、より多様な従業員がその能力を最大限に発揮できる職場を実現できるでしょう。